加納愛子の最大の特徴である、鋭利な刃物のような語彙力と斜め上の角度から物事の本質をえぐる批評眼は、どのような学歴と生い立ちから形成されたのでしょうか。その経歴を紐解くと、挫折と読書に裏打ちされた特異な知性の軌跡が見えてきます。
本名は芸名と同じ加納 愛子(かのう あいこ)。1989年に大阪府大阪市住吉区で生まれ、阿倍野や住吉といった大阪の濃密な下町カルチャーのただ中で育ちました。地元の公立中学校を卒業後、進学したのは府内屈指の伝統校として知られる大阪府立夕陽丘高校です。偏差値60前後の進学校であり、自由な校風の中で加納は相方となるむらきゃみと運命的な出会いを果たします。
高校卒業後、加納は関西の難関私立大学である同志社大学商学部へと進学を果たしました。学力テストを突破して手に入れた切符でしたが、彼女の大学生活は順風満帆とはいきませんでした。家庭の経済状況の急変により、学費の継続的な工面が極めて困難になったのです。結果として、加納は同志社大学を中退せざるを得ない苦汁を舐めました。
しかし、この「学歴の断絶」こそが、彼女の反骨精神と独学の知性に火をつけました。大学というアカデミズムの枠組みから放り出された加納は、狂ったように古今東西の純文学、海外小説、エッセイ、社会批評を読み漁りました。太宰治や開高健、町田康といった無頼派・言語派の作家たちから言葉のグルーヴを吸収し、関西弁の日常会話へとトランスレートしていった経験が、現在の唯一無二の漫才テキストや小説執筆の分厚い血肉となっています。