事件の無事解決と解放の後、日本国内で巻き起こったのは過剰なほどのバッシングだった。「自己責任論」という言葉が流行語のように一人歩きし、解放された帰国者やその家族に対して凄まじいバッシングの電話や手紙が殺到した。政府や外務省の警告を無視したことへの批判は、やがて人格否定や脅迫にまで過熱していった。
当時のテレビ報道や社会派ドキュメンタリーは、この異様な社会的バッシング現象そのものをテーマとして取り上げるほどだった。危険を顧みず行動した若者の志よりも、「社会に迷惑をかけた」という負の烙印が強調され、帰国後の彼らは深刻な人間不信とPTSDに苦しめられることとなった。