ネット上の掲示板や演歌ファンの間では、長年にわたり「さざんかの宿には実在するモデル旅館があるのではないか」という議論が交わされてきました。箱根湯本の老舗旅館、伊豆・修善寺の隠れ宿、あるいは信州の山奥の温泉街など、具体的な宿名が取り沙汰されることも少なくありません。
しかし、生前の吉岡治や関係者の回顧録を検証すると、「特定の温泉宿をピンポイントでモデルにしたわけではない」というのが揺るぎない事実です。吉岡治が目指したのは、特定の観光地を宣伝するようなご当地ソングではなく、聴く者誰もが「自分の知っているあの宿」「人里離れた静かな場所」として投影できる、日本人の心象風景としての宿でした。
「赤く咲いても 冬の花 咲いてさびしい さざんかの宿」というフレーズが示すように、場所の具体性をあえて削ぎ落とし、冬枯れの木立、障子越しに漏れる淡い灯り、雪や木枯らしの音といった普遍的な情景に集約させたことこそが、40年以上経過した現在も色褪せない理由と言えます。