Q1:伊東甲子太郎の本名や改名の理由は?
A1:本名は鈴木大蔵(すずき おおくら)です。元治元年(1864年)に新選組へ加盟して上洛した際、その年の干支である「甲子(きのえね)」にちなみ、自らの決意と心機一転を込めて「伊東甲子太郎」と改名しました。
Q2:斎藤一がスパイとして御陵衛士に潜入していたのは本当ですか?
A2:史実として極めて有力視されています。新選組三番隊組長だった斎藤一は、伊東らの御陵衛士結成に同調して離脱しましたが、油小路の変の直前に新選組へ帰還し、伊東らの近藤暗殺計画や薩摩藩との連携情報を密告しました。これにより新選組は伊東暗殺に踏み切ったとされています。
Q3:伊東甲子太郎のお墓(墓所)はどこでお参りできますか?
A3:京都市東山区にある泉涌寺の塔頭「戒光寺」に御陵衛士の墓所があり、伊東甲子太郎、藤堂平助、服部武雄、毛内有之助の4名が合葬されています。また、暗殺現場である油小路木津屋橋(本光寺門前)には「伊東甲子太郎外数名殉難之跡」の石碑が建立されています。