メディアで頻繁にネタにされたことから、「植木冨士子 画像」「桂歌丸 富士子 写真」といった検索キーワードは今も多くのネットユーザーによって調べられています。一般人であるため公の場に露出する機会は極めて限られていましたが、落語協会のイベントや節目の特番、書籍の口絵などで披露されたその姿は、視聴者の先入観を大きく覆すものでした。
実際の冨士子夫人は、切れ長の瞳と優しい笑みをたたえた、着物の似合う凛とした和風美人です。近隣住民の間でも評判は非常に高く、「いつも腰が低く、挨拶を欠かさない上品な奥さん」「歌丸師匠の健康を誰よりも気遣っていた素晴らしい女性」として横浜の地元でも愛されていました。
家族構成としては長女(子供)に恵まれ、後にお孫さんも誕生しています。歌丸師匠は家庭内では寡黙ながらも子煩悩・孫煩悩で知られ、家族を極めて大切にするマイホームパパでした。芸に厳しく外では神経を張り詰めていた師匠が、唯一鎧を脱いで心からくつろげる場所が、冨士子夫人が切り盛りする横浜の自宅だったのです。