山田雅人を語る上で避けて通れないのが、盟友・森脇健児との関係性です。1980年代後半、読売テレビの夕方情報バラエティ『ざまぁKANKAN!』でコンビ司会を務めた二人は、関西の女子中高生を中心に社会現象と呼べる熱狂的ブームを巻き起こしました。
松竹芸能のホープとして揃って全国区へ打って出た二人は、フジテレビ系『夢がMORI MORI』などで瞬く間にスターダムへ駆け上がります。しかし、当時の芸能界におけるアイドル芸人ブームの凄まじいプレッシャーと、週に何十本ものレギュラーを抱える狂乱の日々の中で、二人の間には次第に会話が失われていきました。
かつて囁かれた「不仲説」について、山田雅人自身も過去の手記や特番のロングインタビューで率直に触れています。東京での急激な環境変化の中、森脇健児がバラエティの王道を疾走する一方、山田雅人は俳優業や競馬実況といった専門分野への志向を強め、活動の方向性に決定的なズレが生じていました。「嫌い合っていたのではなく、お互いに余裕がなくなり、会話を交わすことすら怖かった」という当時の告白は、若くして時代の波に呑み込まれたバディのリアルな葛藤を如実に表しています。
その後、ブームの終焉と挫折をそれぞれが経験したことで、二人の関係は劇的な雪解けを迎えます。互いに地道な努力を重ねて再浮上を果たした2010年代以降、ラジオや特番での共演では昔日の苦労を笑い飛ばし、現在ではお互いを「人生で最も濃い青春を共有した唯一無二の戦友」と認め合う極めて成熟した友情で結ばれています。