内村光良と徳永有美の接点が生まれたのは、2000年春にスタートしたテレビ朝日の深夜バラエティ番組『内村プロデュース』(通称:内P)でした。お笑い芸人たちが過酷な大喜利や即興企画に挑む現場で、アシスタントを務めた徳永アナウンサーは、時に芸人顔負けの身体を張ったリアクションを見せ、番組の貴重なバランサーとして欠かせない存在になっていきます。内村は当時から現場を包み込む温かなリーダーシップで知られ、徳永アナにとっても仕事上の絶対的な支柱でした。
しかし、当時の徳永アナは2001年に同局の同期入社である情報番組ディレクターと結婚したばかり。新婚生活の真っ只中にあるはずでした。転機が訪れたのは2003年4月。週刊誌によって、内村と徳永アナの伊豆・修善寺への温泉旅行密会が決定的な写真とともにスクープされます。当時、徳永アナが担当していた朝の生放送『スーパーモーニング』や『内村プロデュース』を即座に降板する事態に発展。世間からは「不倫」「略奪婚」という強烈なレッテルが貼られ、猛烈なバッシングが巻き起こりました。
当時を知る番組関係者の証言によると、内村は周囲に対して一切の言い訳をせず、「責任はすべて自分にある」と頭を下げ続けたといいます。一方の徳永アナも局内での居場所を失い、アナウンス部内で厳しい孤立状態に置かれました。しかし、この騒動は単なる衝動的な火遊びではありませんでした。ふたりの間には、過酷な批判に晒されても手を取り合って生きていくという並々ならぬ覚悟が存在していたのです。