2011年3月11日14時46分、マグニチュード9.0の巨大地震が発生した際、石巻市門脇町にあった日和幼稚園の園舎には園児たちが残っていました。幼稚園が建っていた場所は、日和山の中腹に位置する海抜約20メートルの高台です。敷地内にとどまっていれば、津波による直接的な浸水被害を受けることは物理的にあり得ない安全圏にありました。
しかし、地震発生直後に園側が下した決断は「通常通り、送迎バスで園児を自宅へ送り届ける」というものでした。当時、園内には停電によってテレビ等の情報が入らない状態だったものの、園長や職員は園長室に設置されていた防災行政無線を聞き取ろうとせず、また送迎バスのカーラジオで大津波警報(14時49分発令、当初は6メートル予想、後に10メートル以上へ更新)を確認することもしませんでした。
15時20分頃、園児を乗せたマイクロバスが出発。バスは日和山を下り、海抜ゼロメートルに近い沿岸部の低地(門脇町・南浜町方面)へと向かいました。沿岸部ではすでに避難を呼びかけるサイレンが鳴り響き、大渋滞が発生していました。15時35分頃、押し寄せた大津波がバスを直撃。さらに押し流されたバスは津波火災に巻き込まれ、車内に取り残された園児5名と添乗していた女性職員1名が命を落とすという、あまりにも凄惨な結末を迎えました。