清少納言の文章が現代でも圧倒的な人気を誇る最大の理由は、「千年前の平安貴族も、現代の私たちと全く同じ人間関係の悩みを抱えていた」という強烈な親近感にあります。
例えば「姑に思はるる嫁の君」や「舅にほめらるる婿」。嫁姑問題や婿と義父の微妙な距離感は、家族制度の形式は変われど人間関係の永遠のテーマです。また、「主そしらぬ従者」という一節は、現代で言えば「上司や会社の愚痴を一切言わずに働く同僚」のようなもの。裏で愚痴をこぼし合って発散するのが人間の常であることを見抜いていた清少納言の視線は、極めて冷静です。
さらに「毛のよく抜くる銀の毛抜」や「墨に髪の入らぬ」といった日用品の不満にまで視点を広げている点も見事です。高級品だからといって使い勝手がいいとは限らない苛立ちや、集中して作業しているときに限って小さなアクシデントが起きるもどかしさは、現代のスマートフォンや文房具への感覚と寸分違わず重なります。高尚な文学論に閉じこもらず、等身大の生活実感を描いたからこそ、『枕草子』は今も色褪せません。