太道を語る上で避けて通れない人物が、創始者である林好峰(はやし こうほう)師範です。林好峰は、既存の打撃格闘技や古流武術、東洋哲学を徹底的に再吟味し、単なる腕力勝負に陥らない「真の身体道」の確立を志しました。
昭和後期、日本国内ではフルコンタクト空手ブームが巻き起こり、直接打撃による強さの誇示がもてはやされていました。その狂騒の中で林好峰は、「破壊力の追求のみに偏重すれば、加齢とともに武は衰退する。小柄な者や年配者であっても、自然の物理法則である遠心力と円の原理を体得すれば、巨漢の打撃を制し無力化できる」という境地を見出します。こうして確立されたのが「太道」の基本教義です。
組織の立ち上げにおいて、太道が揺るぎない地盤を築いた地が京都および滋賀でした。林好峰は京都の歴史的寺院や地域コミュニティ、そして大学機関に着目します。1970年代から80年代にかけて、京都大学、滋賀大学、龍谷大学をはじめとする関西主要大学の学生サークルや部活動として太道部・同好会が結成され、知性派の若者たちを中心に爆発的な普及を遂げました。
「太道」という名称には、中国の古典思想に由来する「太極」や「大いなる大道」の意が込められています。林好峰が遺した教えは、単に相手を倒す技術にとどまらず、稽古を通じて己の心の歪みを正し、社会に調和をもたらす人格形成のプロセスそのものでした。