20代後半から30歳前後に至る約数年間、阿部寛はプライドを完全に捨て去る決断を下します。どんな端役や地方公演、悪役の仕事であっても引き受け、泥にまみれながら活路を模索しました。
彼が自著やインタビューで「人生の最大の転機」と語るのが、1993年に劇作家・つかこうへいの舞台『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』への出演でした。彼に与えられた役は、バイセクシャルの熱血警視総監・木村伝兵衛。それまでの「爽やかな長身イケメン」というイメージを根底から覆す、激しい叫びと汗、狂気を孕んだ過酷な舞台空間でした。
つかこうへいによる容赦ない演技指導のもと、阿部は自らの外見的プライドを徹底的に破壊し、喉を枯らし全身全霊で舞台上を駆け巡りました。この演技が演劇界に大きな衝撃を与え、「阿部寛は単なるモデル上がりではない、恐るべき怪優だ」という評価を獲得するに至ります。
その後、2000年のドラマ『TRICK』(テレビ朝日系)での奇妙な物理学者・上田次郎役、2006年『結婚できない男』(フジテレビ系)での偏屈な建築家・桑野信介役、そして2012年映画『テルマエ・ロマエ』での古代ローマ人ルシウス役など、独自の濃いキャラクターを活かした唯一無二のポジションを確立していきました。