後年のメディア報道では「生粋の巨人ファンが念願の入団を果たした」という文脈で語られることも少なくありません。しかし当時の実態を検証すると、上原の内面には強いアンビバレンス(葛藤)が存在していました。
大学日本代表として渡米し、現地の練習環境やメジャーリーガーたちのスケール感を肌で体感した上原にとって、MLBは決して遠い夢ではなく「リアルな標的」でした。エンゼルス関係者との面談を重ねる中で、自らの実力が世界基準で評価されている手応えを確かに感じていました。
それでも読売ジャイアンツを選んだのは、恩義と環境への責任感によるものです。当時、日本のプロ野球界ではアマチュアから直接MLBへ行くことに対する制度的・感情的な反発が根強く残っていました。周囲への影響や家族の安心感を総合的に判断し、「まずは日本の巨人で頂点を極め、堂々と胸を張ってポスティングまたはFAでメジャーへ行く」という誓いを胸に秘めた入団でした。事実、巨人在籍中もメジャー挑戦への希望を球団側に訴え続け、2008年オフに海外FA権を行使してボルチモア・オリオールズへ移籍を果たしています。