奈良ドリームランドが開園したのは、日本が高度経済成長の只中にあった1961年(昭和36年)7月1日のことでした。仕掛け人は、興行界の風雲児として知られた千日興行(のちの日本ドリーム観光)社長の松尾国三氏です。
松尾氏は渡米時にカリフォルニアのディズニーランドを視察し、その完成度の高さに深い感銘を受けました。「日本の子どもたちにも本物の夢の世界を届けたい」という強い熱意から、松尾氏はウォルト・ディズニー本人と直接面会。日本への誘致や技術提携を巡る交渉を重ねました。しかし、ディズニー側が求めた厳格なロイヤリティや運営管理権の条件面で折り合いがつかず、最終的に提携交渉は決裂に終わります。
それでも夢を諦めなかった松尾氏は、ディズニーから学んだノウハウをもとに独自開発を決断。シンデレラ城(眠れる森の美女の城)を思わせるメインキャッスルをはじめ、アメリカのメインストリートを模したエントランス街、モノレールや蒸気機関車など、当時の日本では類を見ない圧倒的なスケールでパークを作り上げました。
テレビ番組の合間に流れた「ドリームラーンドーへ行こう〜♪」という耳に残る懐かしいCMソングは関西圏のお茶の間に深く浸透し、開園当初は連日満員の観光客で溢れかえる一大レジャースポットとして君臨したのです。