PL学園の名を全国に轟かせたのは、1978年夏の甲子園で見せた奇跡の逆転劇でした。9回裏の土壇場から試合をひっくり返す粘り強さは「逆転のPL」という異名を生み、高校野球の代名詞として君臨する契機となります。
その黄金期の頂点に立ったのが、1983年に入学した桑田真澄と清原和博の「KKコンビ」です。1年生時から甲子園で躍動した2人は、在学5季連続で甲子園出場を果たし、優勝2回、準優勝2回、ベスト4が1回という前人未到の戦績を樹立しました。その後も立浪和義、片岡篤史、宮本慎也、松井稼頭央、福留孝介、前田健太といった日本プロ野球界を牽引するスーパースターを次々と輩出しています。
しかし、栄華を極めた名門に訪れた幕切れはあまりにも静かで切ないものでした。新規部員の募集停止措置が取られた結果、上級生が卒業し、迎えた2016年7月15日の大阪大会第1回戦(対東大阪大柏原戦)。ベンチ入りしたのは、残されたわずか12名の3年生部員のみでした。
試合は6対7で惜敗。試合終了のサイレンが鳴り響くなか、泥だらけのユニフォームで整列した選手たちが流した涙とともに、半世紀以上にわたる名門の歴史は一旦のピリオドを打つこととなりました。翌2017年3月には大阪府高校野球連盟へ脱退届が提出され、公式な記録の上でも活動停止が確定したのです。