紙上の熱狂はすぐさま映画界へと波及した。それまで義理と情けを重んじる「高倉健的任侠路線」で黄金期を築いていた東映は、時代の変化とともに新たな表現の模索を迫られていた。そこで白羽の矢が立ったのが、リアリズムを徹底追及する鬼才・深作欣二監督だった。
深作は手持ちカメラを多用し、肩で風を切るような殺陣を排除して、泥まみれになりながら取っ組み合う不格好で痛烈な暴力描写を画面に焼き付けた。こうして誕生した「実録ヤクザ映画」という新ジャンルは、従来の日本映画界が持っていた美意識を根底から打ち壊す爆弾となった。