現在、国際金融の専門家や歴史研究者の間で語られる中川昭一氏の姿は、失態を演じた政治家ではなく、「世界恐慌の再来を未然に防いだ慧眼の財務相」としての顔です。
ローマG7の場で中川氏が主導し締結に持ち込んだ最大の功績は、日本が保有する外貨準備から1,000億ドル(当時の為替レートで約10兆円)をIMFに緊急融資する協定でした。リーマンショックの震源地となった欧米諸国が金融不安で身動きが取れない中、アジアや新興国へ資金を供給するためのセーフティネットを日本が一国で即座に手当てしたのです。当時のIMF専務理事であったドミニク・ストロスカーン氏は、中川氏の決断を「人類の歴史上最大の貢献」と公然と賞賛し、感謝の意を表明しました。
さらに中川氏は、自民党政権において農林水産大臣、経済産業大臣、自民党政調会長などの要職を歴任し、資源エネルギー外交や農林水産業の攻めの構造改革において卓抜したビジョンを示し続けました。保守派の論客としても、日本の国益と主権を守る安全保障政策の論陣を張り、その思想的骨格は第2次安倍政権以降の政策基盤へと確実に引き継がれました。
一方、夫の遺志を継いで政治の世界へ身を投じた妻・中川郁子(ゆうこ)氏は、過酷な政治的試練を乗り越えながら活動を続けてきました。2012年の衆院選で初当選を果たし、農林水産政務官などを歴任。その後、落選と国政復帰の波瀾を経験しながらも、2020年代半ばを迎えた現在に至るまで、北海道11区の地域発展と中川昭一氏の政治思想を後世へ伝える活動に尽力しています。北海道の地元有権者の間では、「昭一氏が目指した強い日本の農林水産業と地方創生」の灯を絶やさない郁子氏の歩みに、深い敬意とエールが送られています。