事件の発端は1960年代前半の高度経済成長期に遡ります。当時、東京の歓楽街では女性の装いで接客する男性同性愛者やトランスジェンダーのキャストが働くクラブが隆盛を極めており、店名にちなんで彼女たちは「ブルーボーイ」と通称されていました。
社会的な認知や法制度が存在しなかった当時、身体の女性化を強く望む当事者たちはホルモン剤の自己投与や非正規の処置に頼らざるを得ない過酷な環境に置かれていました。そこに目をつけた東京都内の産婦人科医が、十分な精神医学的カウンセリングや事前の適応診断を行わないまま、1964年から1965年にかけて計3名の当事者に対して精巣摘出や陰茎切除などの外科手術を実施しました。
1965年、警察の摘発により医師は逮捕され、当時の優生保護法(第28条の生殖不能手術の禁止)違反および刑法第204条の傷害罪で起訴される事態へと発展しました。