ドラフトから40年以上が経過した現在も、ネット上やファンの間ではいくつかの誤解が定着しています。当時の一次情報と近年の関係者取材をもとに、それらの言説を検証します。
誤解1:「桑田真澄が清原和博を裏切って巨人入りを画策した」
ネット上の掲示板やSNSでは「桑田が清原を騙した」という短絡的なストーリーが語られがちですが、これは事実に反します。当時18歳の高校生に、プロ野球球団のスカウティング戦略やドラフト会議の全体構造をコントロールする力はありませんでした。桑田氏自身も進学とプロ入りの狭間で激しく苦悩しており、巨人の指名を受けたことで周囲やマスコミから苛烈なバッシングを受け、自宅や家族にまで脅迫まがいの嫌がらせが及ぶという過酷な試練に直面していました。
誤解2:「王貞治監督が桑田の単独指名を首謀した」
当時の巨人・王貞治監督は、打者としての清原氏の資質に惚れ込んでおり、清原指名を強く望んでいたとされます。しかし、球団代表やスカウト統括をはじめとするフロント主導の「投手補強最優先」という方針に押し切られる形となったのが実情です。王監督自身も後年の回顧録などで、清原氏に対する個人的な申し訳なさと、プロ組織としての選択の非情さを吐露しています。