日本の苗字調査において、「わたなべ」姓は全国で約100万人以上が存在し、常に上位にランクインする巨大勢力である。しかし、なぜこれほどまでに「渡辺」「渡邊」「渡邉」といったバリエーションが存在するのだろうか。
その発祥は、平安時代中期の武将であり嵯峨源氏の血を引く「渡辺綱(わたなべのつな)」に遡る。彼が摂津国西成郡渡辺津(現在の大阪市中央区付近)に拠点を構え、「渡辺」を名乗ったことがすべての起源である。当時の正字(標準的な旧字体)は「渡邊」であった。
名字の表記が爆発的に枝分かれした決定的な契機は、明治8年(1875年)の「平民苗字必称義務令」にある。全国民が戸籍に苗字を登録する際、当時の役場窓口では担当吏員や住民自身が墨と筆を使って手書きで台帳に記入していた。その際、書き手の癖字、略筆、崩し字、あるいは誤記がそのまま「公的な戸籍文字」として公証・登録されてしまったのである。民俗学や文字学の調査によると、「わたなべ」の異体字は細かな点の有無や線の曲がりを含めると全国に50種類以上(一説には60種類近く)存在すると報告されている。
現在において「渡邉」は単なる書き間違いではなく、法務省の人名用漢字別表に掲げ出された正式な人名用文字である。つまり、戸籍に「渡邉」と記されている人にとって、それは替えの効かない正当なアイデンティティそのものなのである。