全国に数ある社寺のなかで、なぜこれほどまでに門戸厄神東光寺の厄除け祈祷が圧倒的な支持を集め続けるのか。その答えは、他には見られない特異な本尊の仏格と、千二百年を超える重厚な信仰の歴史にあります。
門戸厄神東光寺は、愛知県の若松寺、和歌山県の高野山(または京都の石清水八幡宮など諸説あり)と並び、古くから「日本三大厄神」の一角として崇敬を集めてきました。その開創は平安時代初期の天長6年(829年)。嵯峨天皇が41歳の厄年に際して重い悪夢に悩まされた際、弘法大師空海が祈祷を行ったところ、愛染明王(あいぜんみょうおう)と不動明王(ふどうみょうおう)が一体となった霊尊「厄神明王(やくじんみょうおう)」の姿を感得したと伝えられています。
空海は自らその尊容を白檀の木に刻み込み、三体造立された厄神明王のうち、現存する唯一の仏像として今に受け継がれているのが東光寺の霊尊です。愛染明王の「あくなき慈愛と縁結びの功徳」と、不動明王の「あらゆる魔障を焼き尽くす忿怒の力」が融合した仏格は、仏教美術・信仰史の観点から見ても類例を見ません。単に災難から身を引く「防衛的な厄除け」にとどまらず、降りかかる厄難そのものを好機へと転換させる力強さこそが、関西一円のみならず全国の祈祷志願者を惹きつける決定的な理由となっています。
実際に現地で参拝者の声を聞くと、「親や祖父母の代から厄年には必ず門戸厄神へ参る習慣があった」「大病を前に特別祈祷を受けたことで劇的な精神的支えを得られた」といった声が目立ちます。世代を超えて語り継がれる厚い信仰基盤と、厄災を焼き尽くす護摩壇の煙に包まれる荘厳な体験が、極めて高いご利益の評判を確固たるものにしています。