宇多田照實という男が日本の音楽史に残した足跡は、あまりにも大きい。1990年代後半、当時のJ-POPシーンに本場アメリカのR&Bの風を吹き込み、未曾有のムーブメントを巻き起こした。その中心にいたのが、実娘である宇多田ヒカルだ。しかし、ただ天才的な才能を持つ少女をデビューさせただけではない。彼女の才能を最も深い部分で理解し、クリエイティブの自由度を極限まで守り抜いたプロダクションワークこそが、彼の真骨頂だった。
従来の芸能界における「親主導のタレント育成」とは一線を画し、海外録音の導入やレーベルとの対等な交渉、楽曲権利の徹底的な保護など、先進的なビジネスモデルを次々と構築。彼が敷いたレールがあったからこそ、彼女は世界水準のサウンドを打ち出し続けることができたのだ。