本作を語る上で避けて通れない最大の謎が、「なぜ1曲の中で10回以上も転調する必要があったのか」という点です。一般的なヒット曲における転調は、楽曲の終盤(ラスサビ)で高揚感を最大化させるための飛び道具として1〜2回使われるのが通例です。しかし、『Cry Baby』のキー変遷を追うと、ポップスの定石を完全に解体するような構成が浮き彫りになります。
楽曲の進行に伴うキー(調性)の推移を整理すると、以下のようになります。
- イントロ:変ホ短調(E♭ minor)からスタートし、不穏なベースラインと重厚なブラスで幕を開ける。
- Aメロ:開始と同時に変ニ長調(D♭ major)へ転調。日常の違和感と苛立ちを表現。
- Bメロ:ヘ長調(F major)へと移行し、テンションが急激に上昇。
- サビ:変ト長調(G♭ major)へ転調し、圧倒的なカタルシスを放出。
- 2番Aメロ〜Bメロ〜サビ:1番と同様のルートを辿りながら、細かなボイシングや経過音でキーが揺らぎ続ける。
- 間奏・Cメロ:イ短調(A minor)やハ長調(C major)などを通過し、調性の迷宮へと突入。
- ラスサビ〜アウトロ:さらにキーを跳躍させ、最後は変ホ長調(E♭ major)に着地して締めくくる。
フロントマンの藤原聡が音楽専門誌や特番インタビューで明かした制作秘話によると、この超絶技巧は単なる「音楽的ギミックのひけらかし」ではありません。原作コミック『東京リベンジャーズ』の世界観に極限まで没入した結果生まれた「必然の構造」でした。藤原聡は制作時、主人公の花垣武道(タケミチ)が何度も過去と現在をタイムリープしながら、ボロボロになりつつも運命を書き換えていく過酷なドラマに強い衝撃を受けたといいます。
「タイムリープするたびに世界線がズレていく感覚」「思い通りにいかない人生の歪み」「泥水をすするような葛藤」を音として再現するために選ばれたのが、小節ごとに景色が激変する連続転調でした。聴き手が無意識に感じる「足元が揺らぐようなスリル」こそが、作品の世界観と完全にシンクロする仕掛けとなっています。