薬園八幡神社(やくえんはちまんじんじゃ)の歴史は、今から1200年以上前の奈良時代・天平勝宝元年(749年)にまで遡ります。東大寺の大仏造立に際し、豊前国(大分県)の宇佐八幡宮から八幡大神を平城京の南に迎えた折、宮内省が管轄していた薬草園(梨原宮・大同薬園)の鎮守として祀られたのが始まりとされています。
当時の朝廷にとって、薬草の栽培と医療技術の発展は国家の安定に直結する重要事業でした。そのため、薬草園の豊穣と無病を祈る守護神として手厚く祀られたのです。
その後、戦国時代を経て天正年間、豊臣秀吉の弟である豊臣秀長が大和郡山城に入城した際、城下町の整備に伴って現在の奈良県大和郡山市材木町へと遷座されました。城下町の東を守る守護神、そして町民たちの暮らしを見守る産土神として、時代を超えて大切に受け継がれています。
主祭神には、八幡信仰の中心である誉田別命(応神天皇)、気長足姫命(神功皇后)、玉依姫命を奉斎。古代の医療・薬草文化と八幡武運の歴史が融合した、唯一無二の社格を誇ります。