「シング・シング・シング」を不滅の名曲たらしめた最大の現場が、1938年1月16日に開催されたベニー・グッドマン楽団のカーネギー・ホール・コンサートです。当時、白人上流階級のクラシック音楽の殿堂であったカーネギー・ホールにジャズバンドが単独出演すること自体が前代未聞の挑戦であり、人種差別の壁を破って黒人ミュージシャンを同席させた点でも画期的な出来事でした。
そのステージのクライマックスを飾ったのが、名ドラマーのジーン・クルーパ(Gene Krupa)によるシングシングシング ドラムソロでした。従来のジャズにおいて、ドラムはスネアとハイハットで正確なリズムをキープするバックバンドの役割に過ぎませんでした。しかしクルーパは、バスドラムの力強い4つ打ちの上に、チューニングされたフロアタム(タムタム)を連打するジャングル・ビートを炸裂させ、ドラムを一躍「メロディを歌うフロント楽器」へと押し上げたのです。
当時の録音を聴くと、クルーパの執拗なタムのリフレインに煽られ、グッドマンのクラリネットやハリー・ジェイムスのトランペットが限界を超えたアドリブを繰り広げている緊張感が克明に記録されています。この一夜の熱狂がレコード盤を通じて世界中に拡散されたことで、「シング・シング・シング」はスウィング・ジャズ 名曲の最高峰としての地位を揺るぎないものにしました。