高市氏の学歴は、奈良県内のトップエリート校から名門国立大学、そして政治リーダーの登竜門へと続く秀才ルートを辿っています。
地元の公立小中学校(橿原市立畝傍南小学校、橿原市立八木中学校)を卒業後、県内屈指の難関進学校である奈良県立畝傍(うねび)高等学校へ進学しました。同校は毎年難関国公立大学へ多数の合格者を輩出する伝統校であり、高市氏はここで高度な学力を身につけました。
高校卒業後は神戸大学経営学部へ進学。大学時代のエピソードは現在の厳格なイメージとは対照的で、軽音楽部に所属してヘヴィメタルバンドのドラムを担当していたほか、中型自動二輪免許を取得して愛車・カワサキZ400GPでツーリングに明け暮れるなど、極めて活動的でバイタリティ溢れる学生生活を送っていました。当時の同窓生は「仲間思いで行動力があり、周囲を引っ張るリーダーシップが際立っていた」と語っています。
1984年に大学を卒業後、松下幸之助氏が創設した松下政経塾に第5期生として入塾。ここで国家経営の基本と政策立案を徹底的に叩き込まれ、同塾の派遣により米国連邦議会フェローとしてワシントンD.C.のパトリシア・シュローダー下院議員の事務所で勤務する機会を得ました。