楽曲が世に放たれたのは1990年2月7日。折しも日本中が未曾有の好景気に沸き、若者たちが週末ごとに白銀のゲレンデへと押し寄せたウィンタースポーツブームの真っただ中でした。本作の知名度を爆発的に押し上げた決定打が、スポーツ用品大手・ミズノのスキーウェアブランド「ケルビンサーモ」のテレビCMソングへの抜擢です。
当時のテレビCMは、白銀の雪山を鮮やかなウェアで滑走するスピード感あふれる映像と、一度聴いたら忘れられないアコースティックギターのカッティングが奇跡的なシンクロを見せていました。「君と僕はいつでもここで」という印象的なリフレインが連日ブラウン管から流れ、スキー場に向かう車内ラジオの定番ナンバーとして定着していったのです。
オリコンシングルチャートの推移を振り返ると、発売初週からトップ10入りを果たし、最高位第2位を記録。それまで「知る人ぞ知る新進気鋭のシンガーソングライター」という立ち位置だった高野寛の存在を、一気に全国区へと押し上げました。当時の音楽業界では、タイアップ楽曲はCMの放映終了とともに急速に消費され、チャートから姿を消すのが通例でした。しかし本作はその後も長期間にわたってチャートインを続け、最終的に約40万枚のセールスを記録。CMの話題性に依存しない、楽曲そのものが持つ骨太な強度がリスナーの心を掴んだ証左といえます。