なぜ西脇が日本のへそなのか?交差点の真相と公園の現在を徹底検証

なぜ西脇が日本のへそなのか?交差点の真相と公園の現在を徹底検証

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兵庫県中央部に位置する西脇市日本のへそ公園。この地に「へそ」という大胆な愛称が定着した背景には、日本の近代測量史における決定的な出来事がありました。日本のへそ公園なぜへそと呼ばれるのか、その直接の根拠は、日本標準時子午線である東経135度と北緯35度が交差する座標点が、まさにこの場所丘陵地の一角に位置している点にあります。

日本のへそ公園の由来を紐解くと、時計の針は大正時代へと巻き戻ります。西脇市教育委員会および市の公文書記録によると、1923年(大正12年)、当時の陸地測量部(現・国土地理院)が全国測量を実施した際、加古川の東岸に位置する比延町(現・西脇市上比延町)の山裾に経緯度の交点が存在することが判明しました。これを受けた当時の地元有志や町政担当者らは「経緯度10度単位の交点は日本列島の本州において極めて稀少であり、文字通り日本列島の中心・へそである」と確信し、大正12年10月に記念碑を建立したのです。

単なる観光的なこじつけではなく、国の公的機関が精密な天体観測と三角測量によって弾き出した「科学的根拠」に基づいている点が、全国各地に点在する他の「へその町」構想と一線を画す決定的な事実です。その後、1980年代の地方創生期を経て、この交差点を取り囲むように総合公園として整備が進められ、現在の姿へと発展を遂げました。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。