この辞世を読み解く上で、最大の論点となってきたのが「君とは誰を指しているのか」という疑問です。歴史研究者や文学研究者の間でも議論が続いていますが、主な解釈は以下の3つに大別されます。
第1の説であり、最も多くの支持を集めているのが土佐勤王党の盟主・武市半平太を指すという解釈です。以蔵にとって武市は剣術の師であり、身分制が極めて厳格だった土佐藩において、下層階級であった自分を見出し、中央の政局へと引き上げてくれた絶対的な恩人でした。以蔵は武市の命を神聖な使命と信じ込み、「人斬り」という泥を被り続けました。しかし武市は、以蔵の荒々しい性格や身分の低さを警戒し、獄中では「以蔵は誠に愚かな男だ」と書簡で罵倒。さらに自白を恐れて毒殺を図った疑惑すら史料に残されています。身命を賭して尽くした恩師からの非情な切り捨てを前に、「君=武市」への痛恨の叫びが詠まれたと考えるのは極めて自然な流れです。
第2の説は、「孝明天皇」あるいは「主君(土佐藩主)」を指すという解釈です。幕末の志士たちが好んで使った「君が為」というフレーズは、本来尊王攘夷の対象である朝廷や国、主君を指す定型句でした。武士として国のために忠義を尽くしたつもりであったが、時勢に翻弄されて朝敵・罪人として断罪されていく自らの不運を嘆いたとする視点です。
第3の説は、その双方を重ね合わせた重層的な心情とする見方です。表面的には「お国のため」と大義名分を掲げつつ、本音の部分では信じ切っていた武市への断罪と決別の念を込めたという解釈であり、以蔵の人間臭い葛藤を如実に表しています。