西郷隆盛の顔が違う理由とは?教科書の肖像画の嘘と本物の真相

西郷隆盛の顔が違う理由とは?教科書の肖像画の嘘と本物の真相

西郷隆盛の顔が違う理由とは?教科書の肖像画の嘘と本物の真相の背景について、最新情報を基に徹底解説します。

Q1:教科書に載っている西郷隆盛の肖像画は誰が描いたのですか?
A1:明治政府に招かれたイタリア人版画家エドアルド・キヨッソーネが、明治16年(1883年)に描いたコンテ画です。西郷本人の写真がなかったため、実弟の西郷従道と従弟の大山巌の顔を部分的にスケッチして合成したモンタージュ画です。

Q2:西郷隆盛の本物の写真は本当に1枚も存在しないのですか?
A2:公式に西郷隆盛本人と認定された写真は現在も1枚も存在しません。本人が暗殺警戒や迷信、無私無欲の性格から生涯写真撮影を頑なに拒否し続けたためです。ネット上の「新発見写真」も専門家による鑑定で別人であることが判明しています。

Q3:上野公園の銅像を見た妻の糸さんは、なぜ「違う」と言ったのですか?
A3:実際の西郷隆盛は穏やかで慈愛に満ちた目元をしていたのに対し、銅像は目を剥いたような威嚇的な表情で作られていたためです。さらに、礼節を重んじる夫が公の場に浴衣のような着流し姿で建てられたことに対する悔しさと当惑も重なっての発言でした。

Q4:生前の実際の西郷隆盛はどのような顔・体格だったのですか?
A4:当時の勝海舟や英国外交官らの記録によると、身長約178〜180cm、体重100kgを超える当時としては並外れた大柄な体格でした。色黒で耳たぶが大きく、怒ると鋭い眼光を放ちながらも、普段は極めて澄んだ穏やかな瞳をした包容力あふれる顔立ちだったと証言されています。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。