両親の離婚に伴い、赤井沙希氏は父親の存在をほとんど記憶に留めないまま成長しました。母が働く背中を見ながら京都で育った沙希氏にとって、「テレビの向こうで暴れるタレント・赤井英和」は遠い世界の人物に過ぎませんでした。
転機が訪れたのは、沙希氏がモデル活動を本格化させ、芸能界の門を叩いた10代後半(約14年ぶりの再会)のことです。所属事務所のスタッフを介して父娘の接点が生まれた際、沙希氏は戸惑いを感じながらも面会に応じました。
当時の特番インタビューや手記によれば、久しぶりに娘と対面した赤井英和氏は、言葉にならない思いから涙を溢れさせ、かつて家庭を崩壊させてしまったことへの深い謝罪と愛情を伝えたとされています。このとき、母親(元妻)は父親との接触を決して妨害せず、「あなたの父親であることには変わりないのだから、会っておいで」と背中を押したといいます。
昭和・平成の芸能界にありがちだった「ステージママ文化」や「親の確執に子供を巻き込む共依存的支配」に陥ることなく、娘の個人としての意思と心理的自立を尊重した元妻の冷静な振る舞いこそが、現在の良好な父娘関係を成立させた最大の要因です。