天叢雲剣の伝説は、『古事記』や『日本書紀』に記された日本神話の黎明期に始まります。出雲国に降り立ったスサノオノミコト(素戔嗚尊)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した際、その尾を切り裂くと中から一振りの神剣が出現しました。大蛇の頭上には常に暗雲が立ち込めていたことから、この剣は「天叢雲剣」と名付けられます。
スサノオはこの神剣を天照大御神(アマテラスオオミカミ)に献上。その後、天孫降臨によって天孫・ニニギノミコトへと授けられ、八咫鏡(やたのかがみ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)とともに三種の神器となりました。
時代が下り、第12代景行天皇の皇子であるヤマトタケルノミコト(日本武尊)が東征に向かう際、伊勢神宮の倭姫命(ヤマトヒメノミコト)からこの剣を授けられます。駿河国で敵の野火攻めに遭った際、この剣で草を薙ぎ払って難を逃れた故事から「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と呼ばれるようになりました。ヤマトタケルの死後、妃である宮簀媛命(ミヤズヒメノミコト)によって尾張の地に建てられた社こそが、現在の熱田神宮です。