米津玄師は1991年3月10日、徳島県徳島市に生まれました。「玄師(けんし)」という極めて珍しい本名は、幼少期の彼にとって誇りであるどころか、周囲から奇異の目で見られる原因となっていました。本人が過去の音楽誌インタビューで「子どもの頃は自分の名前が嫌で仕方がなかった」と述懐している通り、名前をからかわれた経験は幼心に深い疎外感を刻み込みます。
家庭環境もまた、彼の内向性を深める要因となりました。父親はIT関連の企業に勤務し、母親は美術の教員免許を持つ人物でしたが、家庭内での父親とのコミュニケーションは極端に希薄でした。「父親とは人生で話した総時間を合わせても1時間程度ではないか」と語られるほど精神的な距離があり、家庭内にありながらどこか他人のような感覚を拭えなかったとされています。一方で、絵を描くことが得意だった母親の感性を受け継ぎ、幼少期から絵画や漫画に没頭することで、自らの内面世界を築き上げていきました。
そうした違和感の正体が医学的に判明したのは、成人を迎えた20歳の頃でした。診察を受けた精神科で高機能自閉症(知能の遅れを伴わない自閉スペクトラム症)の診断を受けます。後に『ROCKIN'ON JAPAN』のロングインタビューなどでこの事実を自ら公表した際、彼は落胆ではなく、むしろ安堵を覚えたと告白しています。「自分はなぜ普通の人と同じようにうまくコミュニケーションが取れないのか」「なぜ周囲と決定的にずれているのか」という長年の苦悶に対し、客観的な理由が与えられた瞬間だったからです。
自身を長年苛んできた「怪獣のような違和感」を異常事態として切り捨てるのではなく、唯一無二の創作エネルギーへと昇華させる土台が、この生い立ちの受容によって形作られました。