細木数子氏の特異な処世術と度胸の原点は、その複雑な生い立ちにあります。1938年、東京・渋谷の地に生まれた彼女の父・細木之保(ゆきやす)氏は、戦前戦後の混乱期に私設秘書やブローカーとして暗躍した、いわば「裏の顔」を持つ人物でした。
父親の周囲には日常的に政治ゴロや裏社会の人間が出入りしており、幼少期の数子氏はそうした猛者たちが繰り広げる駆け引きや権力闘争を間近で見て育ちました。後年のインタビューでも、父親から「人間観察の機微」や「相手を呑んでかかる勝負勘」を叩き込まれたと語っています。
家庭環境は決して平穏ではなく、戦後の混乱の中で生活は困窮。10代半ばから自立を余儀なくされた彼女は、生き抜くために夜の街へと身を投じることになります。この過酷な幼少期の原体験こそが、後に裏社会の大物たちと対等に渡り合う鉄の心臓を育んだ揺籃となりました。