作者である歌川広重といえば『東海道五十三次』などの風景画で世界中に知られるが、彼が真の天才性を発揮したのは「花鳥画」の分野であった。縦長の画面を縦横無尽に活かしたダイナミックな対角線の配置、上から下へと滑空する雁の羽のしなり、そして背後にぼんやりと浮かぶ大輪の満月。余白の美学がここにある。
東京国立博物館に収蔵されている貴重な摺りを見れば一目瞭然だが、単なる写生を超えた詩情が画面全体に満ちている。広重は画面上部に自作の句を添え、視覚と文学を完璧に融合させた。刷り師の絶妙なグラデーション技術「ぼかし」が、静寂な秋の夜の冷気までリアルに再現している。