美術史において、これほど鮮明な対比を見せる画題は他にありません。宗達の死から約一世紀後、元禄の美意識を背負って現れた尾形光琳は、宗達の風神雷神図を忠実にトレース(模写)することから自身の挑戦を開始しました。しかし、両者を詳細に比較すると、絵画としての思想は全くの別物です。
両者の最大の違いは「視線の行方」と「空間の閉じ方」に凝縮されています。宗達の描く風神と雷神は、互いを見ていません。雷神は斜め下を睨みつけ、地上に生きる人間界へ雷を落とそうとする冷徹な神の姿を保っています。風神もまた、前進する勢いのまま視界の外を鋭く見据えています。視線が外側へ逃げることで、鑑賞者は屏風の外側に無限に広がる天空の広がりを錯覚させられます。
対照的に、光琳の描いた風神と雷神は、明確に二神の黒目が互いを正面から捉え合っています。光琳は画面の端からはみ出しそうだった二神の身体をわずかに中央寄りに引き戻し、四角い画面枠の中に神々をきれいに収めました。互いを意識し合う神々の視線によって、エネルギーは画面の外へ発散せず、屏風の内側で循環します。宗達が「生々しい異界の現象」を捉えた野生の絵師だったとすれば、光琳はそれを洗練された室内装飾、すなわち「完成されたデザイン小宇宙」へと昇華させたモダニストでした。
この対決はさらに時代を下り、江戸琳派の酒井抱一へと受け継がれます。抱一は光琳の風神雷神図を再び模写するだけでなく、その屏風の真裏に、銀箔を背景とした傑作『夏秋草図屏風』を描き上げました。天上の神々がもたらす天変地異の裏側に、雨に打たれる現世の可憐な草花を配置するという壮大な表裏一体のコンセプトです。師から弟子へと直接手取り足取り教える流儀をとらず、私淑(時代を超えたオマージュ)によってのみ血脈を繋いだ「琳派の系譜」は、世界美術史上でも類を見ない奇跡的な継承形態として評価されています。