卓越したビジョンを持つ彼のバックボーンには、どのような歩みがあったのでしょうか。佐藤可士和の経歴を紐解くと、常に既存のルールを疑い、自らの手で新たな道を切り拓いてきた挑戦の連続が見て取れます。
多摩美術大学グラフィックデザイン科を卒業後、大手広告代理店の博報堂に入社。当時から突出したセンスを発揮し、伝説的アイドルグループ「SMAP」のアートディレクションなど、広告の枠を超えた社会現象を次々と生み出しました。街頭の看板やバスのラッピング広告をメディアジャックする斬新な手法は、当時の広告界に大きな衝撃を与えました。
2000年に博報堂から独立し、クリエイティブスタジオSAMURAIを設立。組織の規模をむやみに拡大するのではなく、少数の精鋭スタッフとともにクライアントのトップと直結してプロジェクトを動かす独自のスタイルを確立し、現在に至るクリエイティブディレクションのビジネスモデルを完成させました。