インターネット上の掲示板やSNSでは時折、「中国の別の古文書には楊端和が女性だったという記述がある」「楊端和は実在の女王の記録から取られた」といった不確かな言説が飛び交うことがあります。しかし、これらは明らかな事実誤認です。
この誤解が生じた背景には、二つの要因が存在します。ひとつは、中国史において実際に女性軍事指揮官として活躍した古代商(殷)王朝の「婦好(ふこう)」や、明代の女将軍「秦良玉(しんりょうぎょく)」といった実在の女性戦士の逸話が、楊端和のイメージとネット上で混同・習合されたこと。もうひとつは、映画版で楊端和を演じた長澤まさみ氏の演技が圧倒的な説得力を持ち、実写の印象が史実の記憶を上書きしてしまったことです。
司馬遷が書き残した『史記』において、楊端和の出自や風貌に関する個人的なディテールは語られていません。歴史学者たちの間でも、「楊端和は秦の土着氏族である楊氏の一門であり、歴戦の男性将軍であった」というのが定説です。ネット上のデマに惑わされることなく、「原作が持つ圧倒的なフィクションの魔法」と「淡々と事実を積み重ねた史書の世界」を峻別して鑑賞することが肝要です。