ネット上の覇者となり、数多のリスナーから崇拝されていたハチが、なぜあえてその圧倒的なブランドを捨て、2012年に「米津玄師」として本名でのソロ活動を開始したのか。検索窓にはいまなお「米津玄師 ボカロ やめた理由」という疑問が絶えません。
当時のカルチャー誌のロングインタビューにおいて、米津自身は極めて切実な胸中を吐露しています。彼が語った本名移行の理由には、大きく分けて二つの決定的な動機が存在していました。
第一に、「VOCALOIDという強烈なキャラクター性の陰に隠れてしまうことへの恐怖」です。初音ミクやGUMIというアイコンを介することで、作品は爆発的に拡散される一方、リスナーが愛好しているのは自分自身なのか、それとも初音ミクという器なのかという疑念が常に付きまとっていました。アバターという安全地帯のシェルターに閉じこもり続けることは、表現者としての緩慢な精神的窒息を意味していたのです。
第二に、「自分の不完全な肉体と声を使って、直接人と向き合いたいという渇望」です。VOCALOIDはピッチもテンポも1ミリの狂いもなく正確に打ち込めます。しかし、米津が目指したのは、息継ぎのノイズや声の掠れ、身体の揺らぎといった「生々しい人間の体温」を媒介にしたポップミュージックでした。自分の肉声で歌い、本名を名乗ることで、退路を断って聴き手と対峙する道を選んだのです。