舌粘膜に黒いシミや斑点が出現する背景には、日常的な外傷から代謝・免疫、さらには腫瘍性病変に至るまで、多角的な要因が存在します。「黒い斑点=悪性疾患」と短絡的に結びつける前に、臨床の現場で頻繁に確認される代表的な原因を整理しておく必要があります。
第一に最も頻度が高いものが、物理的なダメージに起因する舌の血豆(外傷性血腫)です。食事中に誤って舌を噛んでしまったり、硬い煎餅や骨が突き刺さったり、あるいは就寝中の無意識な歯ぎしり・食いしばりによって粘膜下の微小血管が破裂し、内出血を起こして溜まった状態を指します。皮膚の皮下出血(青あざ)と同様の現象ですが、口腔内は血流が極めて豊富かつ粘膜が薄いため、鮮紅色を通り越して濃い紫や黒色に見える特徴があります。
第二に挙げられるのが、口腔内の色素沈着です。これには内因性と外因性の2系統が存在します。内因性としては、紫外線や慢性的刺激、ホルモンバランスの変化によってメラノサイトが活性化し、メラニン色素が過剰沈着する「粘膜メラノーシス」があります。一方、外因性としては、歯科治療で使用されたアマルガム(水銀合金)や銀合金の微粒子が粘膜内に迷入して黒〜濃灰色に変色する「アマルガムタトゥー(金属沈着)」が広く知られています。
第三に、皮膚と同様に発生する舌のほくろ(色素性母斑)です。口腔粘膜に生じる母斑は皮膚に比べて極めて稀とされていますが、メラニン色素を作る細胞が増殖した良性腫瘍の一種であり、基本的には健康被害を及ぼしません。ただし、外見上が悪性黒色腫と類似するため、専門医によるダーモスコピーや病理診断が求められるケースが存在します。
第四に、舌の表面にある「糸状乳頭」と呼ばれる微細な突起が過剰に伸び、そこにカンジダ菌などの微生物や食べ物のカス、タバコのタールが付着して黒く変色する「黒毛舌(こくもうぜつ)」があります。これは抗生物質やステロイド剤の長期服用に伴う口腔内細菌叢の乱れ(菌交代現象)や、極度の口腔乾燥(ドライマウス)が契機となって発症します。
そして最後に、臨床上最も警戒しなければならないのが口腔悪性黒色腫メラノーマおよび稀な形態の舌がんです。メラノーマは色素を産生するメラノサイトが悪性化した腫瘍で、口腔領域のがん全体の1〜2%未満と希少であるものの、早期からリンパ節や血行性転移を起こしやすい極めて侵襲性の高い悪性腫瘍です。