竹下登の子供は何人?実は娘3人!Daigoら孫へと続く華麗なる一族の真相

竹下登の子供は何人?実は娘3人!Daigoら孫へと続く華麗なる一族の真相

竹下登の子供は何人?実は娘3人!Daigoら孫へと続く華麗なる一族の真相について分かりやすく解説いたします。専門家の見解をご覧ください。

直系の男児がいなかった竹下登氏にとって、最大の政治的課題は「誰が島根の地盤(旧島根全県区・島根2区)を引き継ぐのか」という後継者問題でした。世襲政治が常態化していた永田町では、娘婿を養子に迎えて政治家にする手法が頻繁に用いられていたためです。

しかし、竹下氏の娘婿たちはいずれも政治家への転身を選択しませんでした。長女婿の金丸康信氏はテレビ山梨の経営トップとしてマスメディア界に軸足を置き、次女婿の内藤武宣氏もまた竹下氏の秘書を務めながらも自ら出馬することはなく、政治評論家や広報の道を選びました。これには「家庭生活まで永田町の泥沼に引きずり込みたくない」という竹下氏自身の家族観や、婿たちのプロフェッショナルとしての誇りが作用したと当時の担当記者は証言しています。

そこで白羽の矢が立ったのが、22歳年下の異母弟・竹下亘(わたる)氏でした。亘氏は慶應義塾大学を卒業後、NHKで経済部記者やキャスターを務めていましたが、兄・登氏の要請を受けて政界入りを決断。2000年に兄・登氏が世を去った直後の第42回衆議院議員総選挙で初当選を果たしました。

亘氏は後に復興大臣や自民党総務会長、派閥の領袖(竹下派会長)を歴任し、兄の築いた巨大な地盤を継承しました。2021年に亘氏が逝去した後は公募によって高見康裕氏が地盤を引き継ぎ、竹下家の「政治家としての直接の世襲」はピリオドを迎えることになったのです。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。