『桐島、部活やめるってよ』考察|屋上の真実と桐島が姿を見せない理由

『桐島、部活やめるってよ』考察|屋上の真実と桐島が姿を見せない理由

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屋上の混乱が収束した直後、夕暮れの屋上に残された前田と宏樹がファインダー越しに向き合う場面こそ、本作の感情的頂点です。前田のカメラを拾い上げた宏樹は、レンズを自分に向けられながら、前田に素朴な疑問を投げかけます。「前田はさ、将来、映画監督になりたいの?」。

その問いに対し、前田は照れくさそうに笑いながら、きっぱりと答えます。「無理無理、なれるわけないよ」。宏樹は怪訝そうに重ねます。「じゃあ、なんで撮ってんの?」。前田は少し考えた後、確信に満ちた言葉を紡ぎます。「たまにね、たまに、自分たちの好きな映画と、今自分たちが撮ってる映画が繋がってるって思うことがあるんだよね。(中略)でも、やっぱりそれはたまにで。普段はそんなこと全然ないんだけど、でも、やっぱり映画を撮るのが好きなんだと思う」。

この答えを受け取った瞬間、宏樹の表情は強張ります。さらに前田から「菊池君はさ、かっこいいね」と悪気のない無垢な言葉を向けられた宏樹は、いたたまれなくなり、グラウンドを見下ろして号泣します。この「宏樹の涙」には、極めて重層的な心理学的意味が内包されています。

宏樹は天性の容姿と運動神経に恵まれ、野球部では実質的なレギュラーになれる実力を持ちながら、部活をサボり続けていました。本気を出して挫折することを極度に恐れ、放課後は桐島を待ちながらバスケのゴール下で時間を潰す「安全地帯」に逃げ込んでいたのです。一方の前田は、学校内では誰からも認められず、将来プロになれる見込みもないことを自覚しながらも、「ただ好きだから」という理由だけで不格好に情熱を燃やしている。

「何でも手に入るが何にも本気になれない自分」と、「何も持っていないが魂を捧げるものを持っている前田」。前田のまっすぐな瞳というレンズを向けられた宏樹は、自分がこれまで誇ってきたスクールカースト上位という特権が、いかに空虚で中身のないメッキであったかを突きつけられたのです。あの涙は、プライドの崩壊と、自らの空虚さに打ちのめされた青年の実存的悲鳴でした。

そして映画は、薄暗くなった校庭で、宏樹が公衆電話から桐島に電話をかけるシークエンスで幕を閉じます。呼び出し音が無機質に鳴り響くなか、宏樹の視線の先には、夕闇のグラウンドでひたむきに白球を追う野球部員たちの姿がありました。「桐島」という精神的支柱を失い、通じない電話を握りしめながら立ち尽くす宏樹。彼が自身の人生の打席に立つ覚悟を決めるのか、あるいは漂流し続けるのか、答えは観客の胸元に投げ出されたまま物語は終わりを告げます。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。