なぜこれほどまでに常識外れの作品が世に送り出されたのか。その真相は、1970年代のアニメ制作業界が抱えていた過酷な舞台裏にある。本作を手掛けたのは、後に『キャプテン翼』などで知られる制作会社「株式会社ナック(現・ICHI)」だ。当時、TBSテレビの夕方帯枠に向けて低予算かつ短期間での納品を求められていたナックは、極限までコストを削減する手法を余儀なくされた。
セル画の枚数は極端に切り詰められ、脚本はプロのシナリオライターだけでなく社内スタッフの口述やノリに近い形で急造されたとされる。カラー放送が普及し、テレビアニメの需要が爆発的に高まっていた時代背景の中で、現場は慢性的なスケジュール崩壊に見舞われていた。つまり、狙って作られた狂気ではなく、極限状態のクリエイターたちが生き残るために削ぎ落とした結果生じた「奇跡のバグ」だったのだ。