この嵐の中で、古都・奈良も未曾有の惨状に見舞われた。代表的な被害事例が、世界遺産としても名高い興福寺である。
神仏分離の号令によって、興福寺の僧侶は春日大社の神官へと鞍替えを余儀なくされ、広大な寺領は明治政府に没収された。無人となった境内は荒廃の一途をたどり、築地塀は打ち倒され、貴重な仏具が二束三文で叩き売られた。象徴的な逸話として残るのが、現存する壮麗な国宝・五重塔が「わずか25円」で民間に払い下げられた事件だ。買い手は塔を解体して木材を売るか、火をつけて金箔を回収しようと企んだが、近隣住民の類焼への強い懸念から奇跡的に放火を免れ、現在に姿を残している。