歴史に不慣れな方でも全体像が掴めるよう、二・二六事件をわかりやすく整理すると、「国家の腐敗に憤った陸軍の若手エリートたちが、閣僚たちを殺害して天皇親政(天皇が直接政治を行う体制)を強行しようとしたクーデター未遂」です。
事件が起きたのは、凍てつくような雪の降る1936年(昭和11年)2月26日の早朝でした。首謀者となった陸軍青年将校たちは、自らが率いる下士官・兵士約1,400名を動員し、首相官邸、大蔵大臣私邸、内大臣私邸、警視庁などをわずか数十分の間に同時多発的に襲撃しました。
彼らは永田町や霞が関、赤坂一帯の要所を武力占拠し、約4日間にわたって帝都の機能を麻痺させました。しかし、後ろ盾になると期待していた陸軍首脳部の態度の硬化や、昭和天皇の断固たる鎮圧命令により、2月29日には一発の銃撃戦も交えることなく部隊は原隊へ復帰し、事件は終息を迎えました。