メガホンをとった堀江慶監督と、制作を手掛けた角川映画の志は極めて高かった。当時の日本映画業界は、安易な流行ものやテレビ局主導のエンタメ作品が全盛を誇っていた時代。そこに一石を投じるべく、世界的な文学の本格映画化というリスクある挑戦に打って出たのだ。
現場は常に緊張感に満ちていたという。精神病院という密室空間で繰り広げられる過酷な心理戦を撮るため、堀江監督は役者陣に極度の集中を求めた。真木よう子自身も現場では役に入り込み、撮影期間中は極限の精神状態を維持し続けたというエピソードが残っている。商業主義に流されないインディペンデント精神溢れる制作姿勢が、作品の気迫を支えた。