梨園随一の人気と格式を誇る屋号「中村屋」。その本姓である「波野家」の系図を紐解くと、江戸歌舞伎の黎明期から連綿と続く妥協なき芸道への執念が浮かび上がる。波野知佐をめぐる家系の足跡は、単なる血縁関係の記録にとどまらない。それは芸を命懸けで次代へ繋ぐための、厳格かつ温かな家族の誓約そのものである。
梨園の家系図は往々にして複雑だ。養子縁組や名跡の継承が絡み合い、門外漢には容易に全貌が見えない。しかし、波野家の系譜における知佐の立ち位置を丹念に追っていくと、一族の絆がいかに強固であるかが浮き彫りになる。表舞台で役者が命を削って舞う間、裏方として家政を取り仕切り、一門の求心力を保ち続ける。その見えない献身こそが、中村屋の屋台骨となってきた。