1986年、坂口さんは当時不動産会社役員を務めていた田山恒彦氏と結婚しました。華々しいセレモニーとともに始まった結婚生活でしたが、1990年代初頭のバブル崩壊によって歯車が大きく狂い始めます。
田山氏が手掛けていた不動産事業やゴルフ場開発が次々と破綻し、坂口さんは本人が知らぬ間に連帯保証人や担保提供者に仕立て上げられていました。当時の芸能ニュースや後の手記で明かされた負債総額は、利息を含めて推定40億円以上にのぼります。
当時の報道や関係者の証言によると、自宅には連日債権者が押し寄せ、脅迫まがいの電話が鳴り止まない極限状態に追い込まれました。子どもたちの安全と生活を守るため、坂口さんは1994年に離婚を決意。しかし、法的な連帯保証債務から逃れることはできませんでした。
自己破産という選択肢もありましたが、坂口さんは「女優としての信用と子どもの将来を守る」という強い意志から、返済の道を選択しました。昼夜を問わずドラマ、舞台、地方営業、講演会をこなし、睡眠時間を削りながら10年以上をかけて巨額の負債を自力で完済しました。公の場で見せた気丈な笑顔の裏には、想像を絶する孤独な闘いがありました。