ロシア村がかつて誇ったエンターテインメントは、単なる観光施設の枠組みを超えた異様な熱量を放っていました。園内中央にそびえる大聖堂にはロシア正教の重厚な鐘楼が響き渡り、本国から招聘された音楽家によるバイオリンの生演奏や、伝統的なバイカルアザラシのショーが連日催されていました。
当時の特番インタビューや地元関係者の回顧録によると、開業当初に園内で販売されていたロシア民芸品やボルシチ、ピロシキは本場の味として一定の評価を得ていたと記録されています。しかし、1990年代末期には園内のあちこちでテナントの撤退が相次ぎ、寂寥感が漂い始めていました。
起死回生を期して1999年に導入されたロシア村のマンモス剥製と骨格標本は、ロシア科学アカデミー古生物学研究所の協力を得てシベリア永久凍土から発掘された実物化石を一部含んだ学術的価値の高い展示物でした。体長数メートルに及ぶ巨大な復元剥製は、薄暗い展示ホールの中心に鎮座し、訪れる子どもたちに強烈なインパクトを与えました。しかし皮肉にも、このマンモス展示棟のオープンからわずか数か月後にメインバンクが破綻。巨大なマンモスは、来園者の絶えた静まり返る空間で、朽ちゆく運命を静かに待つこととなったのです。