小さな扉を開けると、そこには適温に保たれた保育器が置かれています。ブザーが鳴り響き、看護師や医師が駆けつける数分の間に、親は姿を消す――。「こうのとりのゆりかご」に託された子どもたちは、一体どのような道を歩んでいるのでしょうか。熊本市が設置した検証専門部会の追跡調査や各種報道資料から、その足跡が克明に浮かび上がってきます。
扉の向こうに預けられた新生児は、病院での初期健診を受けた後、速やかに熊本市児童相談所へと通告されます。親の身元が判明しない場合、戸籍法第57条に基づき熊本市長が職権で氏名を定め、新たな戸籍(就籍)を編製します。その後、子どもたちは一時的に乳児院へ保護され、家庭裁判所の審判を経て特別養子縁組が成立するか、あるいは里親への委託、児童養護施設での養育という進路を辿ります。公表されたデータによると、預け入れられた子どもの半数以上が特別養子縁組や里親委託によって新たな温かい家庭環境へと迎え入れられています。
成長した子どもたちの胸中には、複雑な感情が渦巻いています。ゆりかごに預けられ、現在は大学生となり実名で自らの経験を語る宮津航一さんのように、「命を救ってくれた慈恵病院や育ててくれた里親には深く感謝している」と語る当事者がいる一方、成長の過程で「自分はなぜ捨てられたのか」「本当の親は誰なのか」というアイデンティティの根源的な揺らぎに苦悩するケースも少なくありません。手元に残されたわずかなメモや衣服だけを手がかりに、空白のルーツを探し続ける当事者の存在は、命を救った後に待ち受ける「出自を知る権利」という重い課題を突きつけています。
では、親たちはなぜ我が子を手放さざるを得なかったのでしょうか。預けられた理由の内訳を分析すると、世間が短絡的に抱きがちな「身勝手な育児放棄」という像とは大きく異なる実態が見えてきます。
検証報告書によると、背景として最も顕著なのは「生活困窮・貧困」、次いで「未婚・パートナーの失踪」「世間体や家族からの孤立」「予期せぬ妊娠に対するパニック」です。中には、性暴力被害やドメスティック・バイオレンス(DV)、重い精神疾患や知的障害を抱え、公的な支援窓口に辿り着くことすらできなかった母親たちの姿があります。誰にも相談できないまま自宅の風呂場や公園のトイレで一人出産する「孤立出産」の末、朦朧とする意識の中で熊本まで辿り着いたケースも珍しくありません。そこにあるのは、無責任という言葉だけで切り捨てられない、極限状態の孤立と絶望です。