結論から言えば、マグロが半球睡眠を行っているという直接的な科学的証拠は存在しません。半球睡眠(Unihemispheric slow-wave sleep: USWS)とは、右脳と左脳を交互に眠らせ、片目を閉じて休息させながら、もう片方の脳と目で周囲の警戒や呼吸管理を維持する高度な睡眠メカニズムです。
この現象が明確に確認されているのは、イルカやクジラなどの海洋哺乳類、一部の鳥類(渡り鳥など)、およびオットセイなどの鰭脚類に限られます。哺乳類であるイルカは肺呼吸を行うため、完全に無意識になって水中に沈めば溺死してしまいます。そのため、大脳新皮質を進化させ、片側の脳で意識的な呼吸指令と水面への浮上行動を維持しながら、反対側の脳を深く休眠させる適応を遂げました。
一方、魚類であるマグロには哺乳類のような複雑に発達した大脳新皮質が存在しません。脳の構造そのものが大きく異なるため、イルカと同様の「右脳と左脳のスイッチング睡眠」を行っているとは考えにくいのが海洋生物学会の共通見解です。ではなぜ、ネット上や一部の解説書で「マグロは半球睡眠をする」と広まってしまったのでしょうか。それは「泳ぎ続けなければ死んでしまう=泳ぎながら眠るには脳を半分ずつ休ませるしかない」という人間の短絡的な推測が、イルカの有名な生態と混ざり合って定着してしまったためです。